第3幕 字幕 全文
オネーシモス(以下、O):何度も何度もご主人のもとに行き、その度に指環をお見せしようとしたが、いつもすんでのところで尻込みしちまう。俺はこれまでにもそうやって色々話してきたことを後悔しているんだ。というのも、ご主人はいつもこうおっしゃる。「こんな面倒事を私に持ち込んできた罰当たりをゼウスが散々な目に合わせますように」とね……待てよ、もしご主人が指環のことを知ってから奥様と仲直りしたら、余計なことを知ってる俺はとっ捕まって売り飛ばされちまう! また別のゴタゴタを持ち込まない方がいいだろう。今ある面倒事が十分に厄介なのだから
ハブロトノン(以下、AB):放してください、お願い! バカにしないでよ。自分では気付かなかったけど、まったくバカ丸出しだったみたいね。愛してもらえていると思っていたのに、なにかあたしにすごい恨みでもあるのかな。だってもうあの方ったら全然あたしをそばに置いてくれないんだもん。遠ざけるばっかりで
O:それじゃあ、あいつに指環を返すべきか……いやそれは論外だ
AB:気の毒な人! なんであれだけのお金を無駄にするんだか。この三日間ですっかり女神様にお仕えできる体になっちゃった。だってずっと「お務め」をせずに座っていただけだもん
O:一体どうすればいいだろう、神々よ、どうすれば、どうか――
S:あいつはどこだ? 家中どこを探してもいない――ああ、いた! そこのあなた! 指環を返しなさい! 嫌ならお望みの相手に見せて! 裁いてもらいましょう。私はちょっと出かけなければならないので
O:いや、聞いてくれよ。指環は確かに俺のご主人カリシオス様のものだ。だが見せるのをためらっているんだ。というのは、そうすると、ご主人を子供の父親ということにしてしまうも同然だから
S:どうして?
O:まったく、わからん奴だな!……ご主人が指環を失くされたのは、タウロポリア祭で女たちが夜通し騒いでいたときだったんだよ。だとすれば、どこかの娘が乱暴されたかもしれないと考えるのが自然だろう。彼女がその子を生み、捨てたのは間違いない。もし誰かが、彼女を探し出してから指環を見せたとしたら、それは明らかな証拠になるが、いま見せても不安や疑いをあおるだけさ
S:いいか、よく考えろよ。もし俺が指環と引き換えに、お前になにかちょっとしたものを渡すだろうと思ってゆさぶりをかけているのなら、お前のほうこそわかってないぞ。「分配」というやり方は好きじゃないもんでな
O:そんなんじゃないんだが――
S:はいはい。すぐに戻ってくるよ。いまから街へ行ってくるが、その間にこの件について次の手が浮かんでいるはずだから
AB:ねえオネーシモスさん、いま家の中で女の人が抱いていた子はあの炭焼きが見つけたの?
O:ああ、あいつはそう言ってる
AB:あらやだ、なんてかわいいの!
O:それから、ご主人様のこの指輪も一緒に見つけたそうだ
AB:まあ、かわいそうに! そうするとあなたは、あの子が本当に若旦那様で、それが奴隷身分で育てられるのを黙って見ていることになっても、のうのうと生きてられるってわけ?
O:だからさっきも言ったが、母親が誰かわからないんだよ
AB:でも、ご主人が指輪をなくされたのはタウロポリア祭でのことなんでしょ?
O:そのうえお供の少年が言うには、酔っ払っておられたらしい
AB:それで、夜通し踊っている女たちの中に一人で乱入してきたに違いないわ。あたしがいるところでもそういうことがあったもん
O:え、君のいる前で?
AB:そうそう! 去年のタウロポリア祭で。あたしもそこで乙女たちのために竪琴を弾きながら、その輪にも加わっていたの。あたしだってまだその頃は男の人なんて知らなかったから
O:そんなまさか
AB:アプロディーテー様に誓いますよ
O:まあいい。じゃあその娘が何者かわかるのか?
AB:ひょっとしたら。祭であたしを雇っていたご婦人方が彼女と親しかったので
O:では父親の名前は?
AB:知りません。本人に会ってみればわかるかもね。それはもうきれいな人でしたよ。あとお金持ちだとか
O:きっとその娘だ!
AB:さあね。彼女はあたし達からはぐれてしまって、そのあと急に一人涙を流し髪をかき乱しながら走ってきました。とても立派できれいな衣装が見るも無惨なぼろきれになってしまって!
O:それでこの指輪は持っていたかい?
AB:ええ、たぶん。でもあたし見たわけじゃないのよ。正直言うと
O:さて、俺のやるべきことは?
AB:決めるのはあなたでしょ!でも賢明な方ならきっといまからあたしが言うとおりになさるでしょうね。あなたが事の顛末をご主人に知らせるの。もしその子の母親が自由人なら、どうしてご主人が事実を隠さなければならないの!
O:でも例の娘が誰かはっきりさせるのが先だろう、ハブロトノン。まずはそこで手を貸してくれ
AB:それはできないわ。まずは犯人をはっきりさせないと。例の女の人たちに無駄にペラペラ話すだけになるかもしれないと心配しているのよ。あなたのご主人がお祭りのときに、借金のカタとして指環を誰かに渡して、それでその人が失くしたのかも。あるいは博打の賭け金にしたとか、何かの約束に迫られて渡したとか。お酒の場ではそんなこといくらでもありますから。……だからね、犯人を知るまでは、その娘を探すことも、誰かに事情を話すことも、嫌なの
O:なるほど、ごもっとも。……じゃあどうすればいいかな?
AB:だからオネーシモスさん、あたしのこの作戦にご満足いただけるか考えて? あたしが問題の娘のふりをして、指環を持ってカリシオス様に近づきます
O:見えてきたぞ、続けてくれ
AB:カリシオス様は指環を持ったあたしを見て、どこで手に入れたかお尋ねになるでしょう。そしたら、「タウロポリアのお祭りで、まだあたしが乙女のときに」と答えます。例の娘に起きたことをすべてあたしのことにするわけです。あたしも大体のことは知ってるから
O:や、これは名案だ
AB:もしその事件が自分のことだったら、カリシオス様はすぐに飛びついて確認しようとなさるでしょう。今ならきっと酔った勢いで自分からどんどん話すわ。ボロを出さないように、あたしは彼に話を合わせます
O:すばらしい、ヘーリオスにかけて!
AB:そのために何食わぬ顔でそれらしいことを言うわ。「あなたはなんて大胆で激しかったのでしょう!」とか
O:いいねえ
AB:「なんて乱暴にあたしを引き倒したことでしょう。服はもう台無しで、ああ、もういやだわ」とかね。でもその前に、家の中であの赤ちゃんを抱いて泣いたりキスしたり、世話をしてくれた女の人にどこで拾ったのか聞いておこうと思います
O:おお、ヘーラクレース!
AB:そしてトドメに、「あなたの赤ちゃんが生まれました」と言って、改めてその子と対面させるの
O:やりたい放題の悪い子だ、ハブロトノン!
AB:もし彼が犯人だとわかって、ご主人が子供の父親だとはっきりしたなら、本当の母親をゆっくり探しましょ
O:ひとつ言い忘れてるぞ。君は自由になれるじゃないか。君が子供の母親ということになれば、ご主人は君をすぐに身請けするに違いない
AB:そうかしら。そうなるといいけど
O:そうかしら、だってさ。でもそうすると俺に借りができるんじゃないか、ハブロトノン
AB:神かけて、すべてをあなたのおかげだと考えるでしょうね
O:でも君が何かを企んで俺をだまして、母親を探さなかったらどうなるのかな?
AB:あらいやだ。なんのために私がそんなことを? あたしが子供を欲しがっているとでも? 神様、あたしは自由になりたいだけなのです。あたしが望む見返りはそれだけなの
O:うまくいくといいね
AB:ではこの作戦にご満足いただけた?
O:大満足さ!だがもし悪だくみをしようものなら俺だって戦うぞ。こちらにも手はあるんだからな。さて、ここらで真相を確かめにいこうじゃないか
AB:では賛成ということで
O:あ、はい
AB:早く指環を渡してください
O:あ、どうぞ
AB:ペイトー様、そばにいらして、あたしがうまく話せるようにおはからいください
O:頭の切れる小娘だ。自由人になるのに、カリシオス様に愛されるという手では行き詰まると、別の道をゆく。一方俺ときたら、いつまでも奴隷のままだろう。ぐずでまぬけで、とてもじゃないが先のことまで頭が回らない。とはいえ彼女がうまくやれば、俺もおこぼれにあずかれるだろう。うん、そうでなくちゃ……いやいや、なに考えてるんだ。我ながら救いようがないな、女を当てにするなんて。とにかく厄介事はもうたくさんだ。結局いま危ういのは奥様の立場だ。もし例の子の母親が自由人の娘であることがわかったら、カリシオス様はその娘を妻にし、いまの奥様を追い出して家庭のいざこざにさっさとけりを付けようとなさるだろう。でも、まあ俺は今度もうまくやりすごした気がする。ことがこじれているのは俺のせいではないからな。これ以上関わるのはごめんだね。もし俺がまた何かしたり喋っているのを見つける人がいたら、いつでも俺のここを切り落としていいぞ――ところで、あの近づいてくる人は誰だろう? ああ、スミークリネースの爺さんがまた街から戻って来たんだ。またややこしくなるぞ。たぶん誰かから事情を聞いたんだろう
(第3幕 以下散逸)