第2幕 字幕 全文

シュロス(以下、S):お前は正義に背いている

ダーオス(以下、D):なにが正義だ。他人のものを持っていいはずないだろう

S:この件は誰かに裁いてもらおう

D:ぜひ裁いてもらおうじゃないか

S:で、誰に?

D:俺は誰でもいいが、誰にしたって結果は同じだ。まったくなんでこんな奴に渡しちまったんだ……

S:彼を仲裁人にしてみようか?

D:いいだろう

S:神々の名において、いと優れたお人よ、私たちのために少しお時間よろしいですか?

スミークリネース(以下、SM):お前たちに? なんだ?

S:ちょっとした面倒ごとでやり合っておりまして

SM:だからどうした?

S:その公平な仲裁人を求めておりまして。もし差し障りなければ、お力添え願えますでしょうか?

SM:ええい、くたばり損ないどもめ。汚い革の作業着でうろついているくせに、裁判を語るとは

S:ごもっともですが――大した問題ではありませんし、簡単な話ですから。旦那、お願いしますよ。後生ですから、見放さないでください。いつどこにおいても正義は勝たなければならないし、人は誰でもその一端を担わなければならないのです。それが万人に共通のつとめであります

D:大した弁舌家に絡まれたもんだ。まったくなんてことしちまったんだ

SM:それでは私の仲裁に従うんだな、どうなんだ

S:もちろんでございます

SM:では聞こう。断る理由はない。そうだな、口数少ないお前から聞こうか

D:少し前からお話しましょう。その方が、すぐ本題に入るよりわかりやすいでしょうから。もう30日ほど前になりますが、この近くの深い森で、私は羊の番をしておりました。日がな一人でいたのですが、いと優れたお人よ、そのときですよ。私は生まれて間もない捨て子を見つけたのです。その捨て子は首飾りとか……まあ色々と綺麗なものを身に付けていました。

S:大事なところですよ

D:おい、こいつが邪魔してくるよ!

SM:次に割って入ってきたらぶん殴るぞ

S:そうそう、公平にいきましょう

SM:話せ

D:話しますよ
  ……
  その子を拾って、家に帰りました。私が育ててあげよう、それがいい。そのときはそう思いました。しかし誰でもそうですが、夜がきたら冷静になったのです。なんで私が子育てを? どこからそんなお金を? どうして私が気に病むのか?このような有様でした。翌朝、また羊の番をしていたところ、この男がそこにやってきたのです。彼は炭焼きで、炭用の木を切りにきたようでした。彼とは以前からの知り合いで、しばらくよもやま話をしました。それで、浮かない顔をしている私に尋ねてきました。
「なに悩んでるんだ、ダーオス?」
「悩みもするよ。厄介な目にあってさ」と答えて、どのようにしてその子を見つけ、拾ったのか、そのいきさつを話しました。 すると話し終える前に、
「良きことがありますように、ダーオス」と繰り返しながら私に請い始めました。
「その赤児を私に譲って下さいませ。私は幸運を、あなたは自由を手に入れるのです。というのも、私と妻の間に生まれた子供は死んでしまったのです」
その妻というのが、いまここで赤児を抱いている彼女ですが

SM:これは本当か?

D:彼は一日中、私がくたくたになるほどしつこく迫ってきたのです。あんまりすがりついてくるので、私は根負けして、赤児を与えました。彼は何度もお礼を言って去っていきました。私の手を取り、口づけまでしたのです

SM:そうなのか?

S:ええ、まあ

D:そうして彼と別れました。いま、彼は妻を連れて戻ってきました。そして突然、赤児が身に付けていたものは本当に大したものでもないのに、それを受け取る資格は自分にあるなどと、この世の終わりみたいな顔をして抜かしてきたのです。しかしその資格は私にこそあるのです。 つまり、彼は最初に欲しがっていた子供を手に入れたことに満足すべきと申し上げているのであり、私が小物を渡さないからといって文句を言われる筋合いはないのです。もしヘルメース様のご利益で、二人で一緒に見つけたのだとしても、それらは私と彼とで分け合っていたでしょう。しかし、そこに居合わせもしなかったお前が独り占めして俺のぶんはない、そんなことが許されるとでも言うのか?
  最後に言っておくが、俺は親切にも自分のモノの一部をお前にくれてやった。それが気に入ったのなら、そのまま持っていればいい。もし気に入らなかったり、気が変わったりしたのなら、返してくれ。そうして不正を働いて自分の品位を落とす真似はやめたまえ。元々欲しがっていたぶんは俺の厚意でもらっておきながら、むりやり残りも取っていくことなどはあってはならない。私の主張は以上です

S:終わりですかね?

SM:聞いていないのか? 終わったんだ

S:よろしい。さあ、私の番だ。確かに彼は一人で赤児を見つけたのであり、事の次第は彼の話の通りです、旦那。それは否定しません。私はダーオスに請い願って、彼から赤児をもらったのです。ええ、その通りですとも。
  この男の仕事仲間のある羊飼いが教えてくれたのです。「飾り物も赤児と一緒に見つけたとダーオスが言っていたぞ」と。それらの飾り物を巡って、旦那、この子自身がここにいるのです。お前、その子をよこしなさい。ダーオスよ、この子が首飾りやその他諸々のものを要求しているのだ。それらは装身具として身に付けていたのであり、君のものではない、と、この子が言っている。いま、私はこの子の後見人となって、共に訴えているものです。君が私にこの子をくれたのだからな。
  いと優れたお人よ、いま論点は金や何やらで出来た飾り物の方にあると思うのです。母から子への贈り物というものは、その子が大人になるまで、子供のもとで保管されるべきでしょうか。それとも、最初に見つけたからといって、他人のものでもその拾い主が自らのものにすべきでしょうか。なぜ私が子供を受け取ったときに一緒に飾り物を要求しなかったのか? それはそのときそうする権利が私にまだなかったからだ。しかしいま、私はなに一つ自分のためではなく、子供のためにやってきて要求しているのです。ヘルメース様のご利益だって? 人に不正を働いておきながら、拾ったなどというな。それは拾ったとは言わない。奪ったと言うのだ。
  次のことも考えてみてください、旦那。恐らくこの子は高貴な生まれであり、それなのに下働き風情に育てられたことを見下すことでしょう。そして、次第に頭角を現し、高貴な振る舞いをなさるでしょう。ライオンを狩り、武術を修め、競走にも出場するでしょう。あなたは悲劇をご覧になったことがおありでしょう。私にはわかります。そして、このような話もすべて覚えていることでしょう。ネーレウスとペリアースという人たちが、いま私が着ているような山羊革の作業着をまとった山羊飼いの老人に拾われた話です。彼らが自分より身分が高いと気付いた老人は、二人をいかに見つけ拾ったかという真実を話し、身元を示すしるしのたくさん入った革袋を渡しました。それによって二人は自らの素性をすべてはっきりと知り、そのときは山羊使いでも、やがて王となりました。
  もしダーオスが12ドラクマを儲けるためにそれらを取り上げ売ったのなら、彼らのやんごとなき出自は永遠に知られぬままだったでしょう。私がこの子の体を育てている一方で、ダーオスがこの子から救いの希望を奪い隠すのは良いことではありません。しるしのおかげで、妹との結婚を踏みとどまれたり、再会した母を救ったり、兄を助けたりした人たちもいます。本来不安定な人生は先見をもって守らなければなりません。そして、それを可能にするものもあらかじめ見出さなればならないのです。
  「もし気に入らないのなら、返してくれ」とお前は言ったな。そしてその意見が有効打だと思っているようだが、今となってはそれは公正ではない。なぜなら、お前がこの子の飾り物のいくらかでも返す段になったら、今度はこの子を取り戻して、再びそれらを我が物にしようとするだろう。そうしていれば、今や首尾よくすべてお前の物になっていただろうになあ。私からは以上です。正しいと思うようにお裁きください。

SM:いや、裁くのは簡単である。持ち物はすべてその子のものである。それが私の見解だ。

D:よろしい。で、子供は?

SM:神にかけて、子供は悪事を働きかねないお前のものではなく、お前のその企てに立ち向かい、子供を助けている彼のものである。

S:あなたに幸ありますように

D:救済者ゼウスよ! なんてとんでもない裁定なんだ! すべてを見つけた俺が、その場にすらいなかった奴に何から何まで奪われちまった。本当に諦めなきゃだめか?

SM:そうだ

D:ああ、なんてことだ! 死んだほうがマシだ!

S:早く寄越せ!

D:ヘーラクレースよ、俺はなんて酷い仕打ちを受けているんだ

S:袋を開けろ! 見せろ! こいつ、この中に入れてやがるんだ。少しお待ちください、お願いします、いま彼が出しますから。

D:いったいどうして俺はこんな人に委ねちまったんだ

SM:早く済ませろ、このゴロツキめ!

D:なんてむごい仕打ちだ

SM:ちゃんと全部あったか?

S:ええ、そう思います。もし、私が弁論している間に、敗色濃厚なあいつが、なにか呑み込んでしまっていなければね

D:こんなことになるなんて思ってもみなかった

S:さようなら、いと優れたお人よ。早くみんながこの人のような裁き手になるべきなのだ

D:なんたる不正だ。ヘーラクレースよ、こんな恐ろしい裁定は聞いたことがない

S:お前が悪党だったからだろ

D:いいや悪党め、本当にこの子が大きくなるまでそいつを保管するんだろうな。俺はずっとお前を見張ってるからな

S:ほざいてな。失せろ。おい、お前、ご主人のカイレストラトス様のところにこいつを持っていってくれ。俺たちはいまはここにいて、明日の朝上納金を支払ってから仕事に行こう。さあ、一つ一つ数えてみよう。箱はあるか?無いなら懐かどこかへ入れておけ

オネーシモス(以下、O):あんなにのろまな料理人は初めて見た。昨日の今頃ならとっくに酒盛りが始まっていたのに

S:これはオンドリに見えるな。ずいぶん痩せている……ほら、見てみろよ。こっちは宝石付き……これは斧の形をしている

O:なにしてるんですか?

S:これは金箔の付いた指環だ。地金は鉄だが……彫られているのは牡牛か牡山羊か……よくわからんな。クレオストラトスとかいう奴が作ったと書いてある

O:み、見せてください

S:これだよ。……というか、あんた誰?

O:これは……あの指環じゃないか!

S:どれ? なんの話だよ

O:俺のご主人カリシオス様が失くされたものだ!

S:指環を返せ、見下げ果てた野郎だな!

O:うちのものをあんたに返すだって? いやいや、これをどこで見つけたんだ?

S:アポローン、そして神々よ、なんて恐ろしいことなんだ、捨て子の財産を守るというのは! 邪魔者がすぐ目ざとく掠め取ろうとしやがる。おい、指環を返せと言ってるだろ!

O:冗談だろ? それこそアポローンと神々にかけて、これはご主人様のものだよ

S:こいつに譲るくらいなら、その前にのどをかき切られて死んだほうがマシだ。決めた、これからは徹底的に争っていくぞ。一人一人とな。これは赤児のもので、俺のものではないのだ。ほら、お前、これは鎖の首飾り、これは紫の服だ。持っていけ。……さて、あなたの言い分を聞きましょうか?

O:俺の?……これはカリシオス様のものだ。酔って失くしたとおっしゃっていた

S:私の主人はカイレストラトス様です。どうします、あなたがこれを持っておきますか。それとも、安全に保管するために私が持っておきましょうか

O:そりゃ俺が持っておきたいもんだね

S:まあ、いいでしょう。どうもこれから私たちは同じ家に入っていくようですし

O:でも今は皆さまお集まりだから、恐らくこれについては今あの方に申し上げるべきではないだろう。明日また話そう

S:待ちますよ。そうですね、明日あなたの決めた仲裁人に判断を委ねましょう。それでいいですね……はあ、なあに、この手でしくじったことはない。どうやら仕事もやめて弁論の練習をしているほうが、近頃は何でも守れるみたいだ


(第2幕 終)

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